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横浜市役所、移転に向けて5/22日に旧市庁舎を閉鎖〜跡地の今後の活用計画は?

出典:Wikipedia

2020年5月22日、横浜市新市庁舎の4月13日の業務開始に伴い、現市庁舎は22日を持って閉庁、61年の歴史に幕を閉じました。
旧市庁舎を解体するか、再利用するかは数年前から議論されてきましたが、昨年9月に三井不動産を代表とする企業グループが再開発する方向で決定しています。

旧市庁舎のこれまでの歴史と、跡地の今後の開発計画について、まとめてみました。

市庁舎移転の経緯

中央の建物が新市庁舎(出典:PIXTA)

1959年から使用されてきた旧市庁舎は、建物が手狭になったことや老朽化の進行、巨大地震に際しての耐震性問題などの理由から、移転・建て替えの議論がたびたび行われてきました。
全面移転案や分庁舎案などの議論を経て、2013年に全面移転することが決まりました。

なお新市庁舎への業務移転は一部4月から始まっていますが、全面供用開始は6月29日(月)の予定だそうです。

 

横浜開港100年記念事業として誕生した7代目市庁舎

建築中の7代目市庁舎(出典:横浜市史資料室)

旧市庁舎は7代目で、横浜開港100年記念事業の一つとして1959年に竣工しました。設計者は村野藤吾。

村野藤吾(1891~1984)は、東京都千代田区の日生劇場(1963年築)、重要文化財に指定された宇部市渡辺翁記念会館(山口県・1937年築)、同じく重要文化財の世界平和記念聖堂(広島県・1953年築)、ウェスティン都ホテル・本館(京都府・1960年築)など1930年代から80年代にかけて多くの建築を設計し、丹下健三と並び称される名建築家です。

横浜市庁舎について、建築史家の倉方俊輔・大阪市立大准教授は、

威厳や格式が強く表現されている戦前の建築に対し、戦後の建築は民主的な時代の空気も反映しつつ、機能性や実用性を優先してデザインされました。

特に1950~60年代の建築は70年代以降のものほど画一的なデザインでもなく、建築家の個性・力量が一番反映できだ時代といえます。
横浜市庁舎の壁面のレンガ面や上層階に行くにつれ細くなる柱も横浜らしさや建設当時の物資状況を反映したものです。

開港100周年を記念して建てられた当時の横浜市の気運もうかがい知れる建物です。

と解説しています。

建築的価値も高く評されている旧市庁舎の跡地活用については、三井不動産を代表とする企業グループが再開発する方向で決定しています。

 

関内の再開発計画について

星野リゾートによる横浜探訪の拠点「レガシーホテル」

旧市庁舎跡地は、三井不動産を代表者とし、鹿島建設、京浜急行電鉄、第一生命保険、竹中工務店、DeNA、東急、関内ホテルマネジメント(星野リゾートの全額出資子会社)、計8社のコンソーシアムによる再開発が計画されており、2021年に着工、2024年度末の完成を予定しているということです。

発表されている完成イメージ画を見ると、旧市庁舎の建物外観はそっくり残されていて、そのままホテルとして保存・活用されるそうです。

 

再開発計画「MINATO-MACHI LIVE」の概要

関内地区の玄関口となる「駅前広場」

「くすのき広場」を継承した「くすのきモール」

  • 旧市庁舎の行政棟は保存・活用され、3〜8階は星野リゾートのレガシーホテルとして運営される
  • 行政棟1・2階と横浜公園側に増築された「みなとテラス」は商業施設となり、有隣堂のライブ書店などが入る
  • 市会棟は解体したのち、尾上町通り側に高さ約160m・地上30階の超高層ビルが建設される
  • ビルの15〜30階はオフィス、低層階には新産業創造拠点が入るほか大学も誘致される予定
  • さらに根岸線関内駅の駅前広場側には、DeNAの運営によるライブビューイングアリーナも開設される

という計画案です。
ホテルとして生まれ変わった旧市庁舎、過去と未来の融合した新しい関内が今から楽しみです。

 

再開発計画のプレスリリース(横浜市記者発表資料)

 

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